トップ «前の日記(2007年03月26日) 最新 次の日記(2007年03月31日)» 編集

xiphioの備忘録


2007年03月28日

_ [wine] Barolo Bussia Soprana 1993 Poderi Aldo Conterno

つい先日、友人とイタリア系レストランで食事する機会が有り、私は少々悩んだ末、アルド・コンテルノのバローロ・チカラ1996(Barolo Cicala 1996)を持って行きました。ちなみに、その折友人が持ってきたのは、ルフレーヴのシュバリエ・モンラッシェ1991でした。ルフレーヴは想像通り、しかし!、コンテルノを開けてテイストした私は焦りました、むわったくぅ香りが立たない!、テイストも全然際だって無い、、非常に閉じたワインでした。しきりにソワリングして暫く、やっと少し香りが立つ程度、何だか良く解らないワインを飲む内にその夜は終わりました。画像の説明

それで、本日のコンテルノのバローロになるわけです(Bussia Sopranaは裏ラベルに明記されています)。触媒として堀賢一さんの本「ワインの個性」からのコラム「後天的なワイン」が有ります。そこで堀さんが書いているのは、簡単に言えば、「伝統的な作り手のバローロの味わいは、素直には解りづらい多分に後天的な部分があるけれど、はまるととても素晴らしいよ!」って事ですが(詳しくは本を読んで下さいね)、ワインを飲み始めた当初に、(多分に怪しくもある)古いボルドーを沢山飲ませて戴いていた私には全くOKなのです。(もちろん、モダンな方のバローロも好きです)

このアルド・コンテルノのバローロ1993、素晴らしいではないですか!。これぞバローロ、歴史と地勢と文化の密たる集積を見る思いです。特に素晴らしく香り高いわけでは無いですし、強いインパクトが有るわけではないのですが、長く歴史を重ねてきたというある種の確たるエレガンスが有りますね(「形」と言っても良い)、私はこういうのを「フィネス」とよびます、最近はあまり使われない言葉ですが、、日本語にすると「お見事!」って事になります。(翻れば、先日のニコラ・ポテル98は確かに美味しかったけど、それが無かったかな、、)

最も、何もそんな言葉を重ねなくても、実際に飲んでればしごく簡単でありまして、結局は一人で1本飲んでも、一口ごとに目覚ましく、飲み飽きしない、って事になります。逆に言うと、数多くの試飲会とか、大勢のワイン会なんかで、各銘柄1杯ずつしかワインを飲まないのだったら、なかなか理解は難しいだろうと私などは思ってしまいます(多分相当に経験をつんだ方には解るのだろうと思いますが、それは一種判断で、体験では無い所が少し悲しいですね)

実は確かずいぶん前にもこのワインを飲んでいまして、その時は、まぁあまり美味しいと思わなかった記憶が有ります。アルド・コンテルノはやっと飲み頃なんでしょうか。総じてバローロ93は比較的早くから愛想の良い優秀年と理解していますが、更に評判の良い96のコンテルノは、まだ飲み頃には早すぎたのかも知れません。(そのまま、って可能性もありますからねぇ、私には解りません)