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xiphioの備忘録


2007年04月06日

_ [audio] 思い出の旧スタックス社屋(雑司が谷旧宣教師館)

ずいぶん前の記述ですが、ヘッドフォンレヴーのスタックスの項に、昔私がスタックスに、ヘッドフォンを修理に直接持って行った時の事を書きました。実は、書いたその後に、そこが、どういう場所であるか、その後どうなっているかが判ったのですが、横着して書き加えておりませんでした。ずっと気になっていたので、今頃ですが此処で更新します。ちなみに、以下の様にな部分です。

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昔の事なので記憶違いも有るかも知れませんが、当時のスタックスは何だか凄い大きなお屋敷の中に有った様に思います。都心にありながら大変な敷地、木が生い茂るそのお屋敷の木造の離れにΛを持っていった様に、おぼろげながら記憶しています。本当に個人宅(古い大きなお屋敷)の研究所って感じでした。スタックスはそれからすぐに住所が変わってしまいましたが、、

==============================画像の説明

東京に出て、初めての下宿先が雑司ヶ谷だったんですね。で、当時スタックスの住所も雑司ヶ谷。それで既に落合の方に引っ越して居たのですが、修理に直接雑司ヶ谷の住所に持って行きました。状況は上の記述通りです。正直、「なんだ、ここは?!」と思いましたが、実は今もこの場所と建物は残って居る由。「雑司が谷旧宣教師館」と言うらしく、豊島区の資料館として見る事が出来るそうです。雑司が谷旧宣教師館のHPはこちらです。(http://www.museum.toshima.tokyo.jp/senkyoshi/senkyoshi.html)

各HPの記載に依りますと、名前通り元は宣教師館だった様です。それから、スタックスが暫く社屋として使用し、その後1980年代に売られて、ビルなんかが立つ所を豊島区が買い取り保存したらしいです。あのバブル期を生き残ったのは、本当に幸運だったと言うほか無いです。

昔の事になりますので(ほぼ30年前です)、記憶違いも有るでしょうが、行った時の事は印象深く憶えています。あのあたりは、雑司ヶ谷墓地の近くでもあり、すごく狭い道ばかりでどこも古い住宅が並び、本当に都心とは思えない静かな所で、当時でも数十年過去にタイムスリップした気がしました。とても会社とは思えない大きな敷地に入り、とても会社とは思えない受付の呼び出しをすると、奥の方からラフな服装のけっこう若い兄ちゃんが出てきて、修理依頼のΛ を受け取り奥に帰って行きました。確か渡り廊下みたい所を通って別棟に行った気がします。

ここのページの解説に(http://earsp.web.fc2.com/log/deta/zoushigaya /zoushigaya.htm)「プレハブ小屋を建てて業務をしていた」とも書かれていましたのです、その事かも知れません。私のΛのシリアルナンバーは"00010"と書かれてあったので、「10番になってますが、これはごく最初の製品なんでしょうね。」と聞いたら「最初に送ったくらいの店なんでしょうね。」とかそんな会話をしたのだけ憶えています。修理上がりΛを取りにも行っているはずですが、何故かその時の記憶は全く有りません。最初に行った時の印象が強かったせいかも知れません。

先にも書きましたが、私にとってはもうほぼ30年前の記憶と印象です。でもまだその場所が残っているなら、是非行ってみたいと思っています。思い返すほど懐かしいです、あの辺りの雰囲気も今では随分変わったでしょうか?